PROFILE
CATEGORIES
ARCHIVES
SELECTED ENTRIES
RECOMMEND
HITOTSU学

HITOTSU学

ブログ村
SEARCH
OTHERS

2011/09/29   スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

2010/08/20 22:56  真に自分主体の生き方とは

 真に自分主体の生き方とは

                   無我
             
                   無為

                   無知

                   無常

                   無想

                      の在り方があることです

2010/08/10 21:22  武士道の源とHITOTSU学

 かつて、剣術の師匠であった 柳生但馬守宗矩は、剣の極意を会得した弟子

である徳川家光に、「私が教えられるのはここまで。これより先は、禅の教えに

譲らねばならない」と告げたそうです。

その禅の教えとは「言語による表現範囲を超えた思想の領域へ、瞑想をもって

到達しようとする人間の努力を意味する。

その方法は座禅と瞑想であり、その目的は、あらゆる現象の根底にある原理に

ついて、究極においては「絶対」そのものを悟り、その絶対と自分を調和させる

ことである。 この禅の教えは一宗派の教義を超えている。

そしてこの「絶対を認識し得た者は誰でも、世俗的なことを超越して、『新しき

天地』を自覚することができるのである。」


HITOTSU学創始者であるNoh Jesuは、文武両道を極めた後、大変な精神的

苦難の中で瞑想修行を行い、その『絶対』を認識し得たのです。

そして彼はまさに、世俗的なことを超越して、『新しき天地』を学問化、教育化し、

悟りのグローバルスタンダード教育化にチャレンジしているのです。









2010/08/09 23:40  ブッダ 真理の言葉 より

 ブッダ曰く、「忍耐・堪忍は最上の苦行である」

        「他人を害する人は出家者ではない」

        「他人を悩ます人は道の人ではない」

2010/08/06 17:40  無位の真人

 禅に 『 無位の真人 』 という言葉があります。

ある高僧曰く 「あなた方の肉体の上に一人の無位の真人があって、

常にあなたの顔の面から出たり入ったりしている。いまだとっくりと

お目にかかったことのない人は、よく看よ看よ」と。


『 無位の真人 』というのは、男となり女となり、富者となり貧者となり、

善人となり悪人となり、悟人となり愚人となり、千差万別それぞれの姿

をとって現れることができる人という意味だそうです。


自我の観念を手放し、柔軟な心になれば、どんな人の心にも立場チェンジ

ができるという意味です。


これはHITOTSU学でいえば、『 大自由の心 』 を手に入れた人のことを

いいます。




2010/06/19 23:10  真の幸せ・成功とは?

 何を成功、幸せと思い、何を不幸、失敗と思うのかは、人によって様々なことでも

わかるように、幸せ、成功の判断基準は、本人の主観的観点が大いに影響しています。

固定された観点を、いかに移動させて次元上昇させることができるのか、

これが幸せ成功の鍵となります。

つまり、今までの幸せ、成功の普遍的なモデルの本質的原因とは、

実は『観点の固定』だったのです。

2010/06/04 23:20  人間の種

 植物の小さな種、

その小さな種の中には、根、茎、葉、花、実、種と成長する無限の

エネルギーと能力がつまっています。

では人間の種はどうでしょうか?

お母さんのお腹の中で成長し、この世に発芽しようとする人間の種にも

、根の時期、茎の時期、葉の時期、花の時期、種の時期の全部が

圧縮して入っているのです。

ひとりひとりのその価値高い種の能力を生かすためには、

真の学問に基づいた教育が必要です。

その教育を得た上で、自らの意志を立てて生きることだと思います。。

2010/05/04 22:41  教育の責任

 動物と人間の能力の違いをみると、動物は生まれてすぐ敵から走って

逃げるなどの、生存能力や専門機能が備わっていますが、人間は生まれて

すぐにはひとりでは何もできません。

人間は何年間もさまざまな教育を受けて、ようやく人間らしく生きられるよう

になるのです。

家庭教育、社会教育、学校教育がどのように成り立っているのかによって、

その教育を受ける人にとっては、自分の人生が決定されるくらい教育の

影響は大きいものであり、自分の人生だけでなく、家族や共同体全体の

秩序に与える影響力は大きいものです。

ですから、教育のもrつ責任は非常に大きいといえます。

2010/04/26 22:18  学校の先生(2)

 学校の先生は、今の時代、これまでの教育の知識を提供するだけでは、

子供達からまたその両親から、尊敬も、憧れも、特別な信頼も得ることは

困難でしょう。

何より先生である教育者自身が自信喪失で、何をどのように考え実践し

たらいいのか分からなくなっています。

ではこれからの先生は、いったい何を教えれば、自信を持って先生と言う

職業を全うできるのでしょうか。

それは、誰もが一番知りたいことを教えてくれる先生となること。

コンピューターができないことを教えられること。

自分(生徒)の心をよく理解でき、心の交流ができる先生となること。

固定観念に縛られることなく、自分(生徒)の長所=個性を伸ばすことができる

先生であること。

2010/04/23 11:57  学校の先生(1)

 知識を得ることが困難だった時代、学校の先生という職業は、

尊敬と憧れをもたれたものでした。

今の時代は誰もがインターネットを通して簡単に、あらゆる知識や情報を

得られるようになっています。

ですから単に知識を提供する先生には、価値を感じ難くなっているのです。

まして、TVニュースで先生の不祥事が報道されることも珍しくなく、

親が子供に、先生の批判を当然のようにしていれば、子供は先生を

敬ったり憧れたりすることはできないでしょう。

これまでの一般常識がもはや常識とは思われなくなり、情報が複雑化する

この時代に、先生は子供達にいったい何を教え、どのような在り方をもって

接すればいいのでしょうか?

2010/04/06 23:25  To Live Best な生き方

 人間には環境を変化させていく力が備わっています。

動物以上の進化を遂げたのも、環境を変化させる強い意志があったからなのです。

人間の進化パターンは、動物のように環境に合わせて生きる「To Live Well」

ではなく、環境を変化させていく「To Live Better」、「To Live Best 」 な生き方

であり、それが人間本来の生き方なのです。

|  1/3PAGES >> |